私が前向きでいられる理由とは?

今日は亡き父について綴りたいと思います。

30年前の今日、父は食道ガンで亡くなりました。

母が躾に厳しかった分、父はとっても優しくて私は怒られた記憶がありません。

男の子よりやんちゃで落ち着きのなかった私は母に良く怒られましたが、父はいつも私をかばってくれました。もしあの時、父も一緒になって怒っていたら私は逃げ場がなくてグレていたかもしれません。笑

そして父はとっても器用でした。

自宅で焼き肉をするとなればリンゴを擦り、1からタレを作りました。お正月のお料理も作ってしまう程お料理が上手だったんです。

字もとっても綺麗でした。

何をやっても器用なところに目をつけた母は父に起業を勧め、父は会社を営んでいました。

私の誕生日にはプレゼントを張り切って20個も買ってきてくれるようなとっても子煩悩な父だったんです。

家族旅行も沢山行き写真も残っています。

とにかく17年間、愛情深く私を育ててくれました。

福島出身なのですが土地柄でしょうか、とっても我慢強い父でもありました。

そんな父の食道ガンが分かった日のことは忘れもしません。

私が中学の時に極度の貧血になり、治すためにほうれん草ばかりを食べていた時期があったんです。ほうれん草には結石の材料となるシユウ酸が含まれていて、蓄積されたシユウ酸は結石となって、高校3年の夏に私は自宅で尿管結石でもがき苦しみました。

尿管結石になったことがある方ならご存知だと思いますが、石が下りて来るときの激痛っていったらないんです。出産以上の痛さでした。

そんな激痛が襲った日に父が病院に連れていってくれました。そして密かに体調を崩していた父もついでに検査をしてもらったところ末期ガンが分かったのです。

仕事が順調で忙しかったこと、そして我慢強さが仇となってしまいました。

すぐに手術をしましたが術後1週間で亡くなりました。

46歳という若さであったこと、会社のこと、母のこと、まだ学生だった私たち姉妹のこと、色々なことが無念であったと思います。

手術をしていなかったらもっと生きていたかも・・・と後悔したところで父は帰ってきません。受け入れるしかありませんでした。

そして父が亡くなって30年の月日が経ちました。

その間に私は結婚をして、子ども達を育てあげ、天職とも言える仕事に出会えて、孫も出来ました。今、とっても幸せですと天国にいる父に伝えたいです。

私は父が亡くなった46歳を超えて47歳となり、健康でいられることのありがたさを噛みしめています。

今日は母と妹とお墓参りをしてきました。

父が大好きだったコーヒーと、私が大好きなひまわりのお花もお供えして。

霊感が強い方に言われたことがあるんです。「お父さんはまゆみちゃんのそばにいるよ」って。

父は妹を溺愛していたので、てっきり妹のそばにいるのかと思っていましたが、父が良く吸っていたセブンスターのたばこの匂いが時折私の周りに漂うことがあるんです。そばにいて見守ってくれていることを感じる瞬間です。

父の死を通して思うことは、人生は偶然ではなくて全て必然だってことです。貧血も尿道結石も父のガンも今思うとなんだか最初から造られていたストーリーに思えてなりません。今起きていることの全ては自分にとって必要なことで、気付きを与えるために私に起きているのだと捉えています。そしてそれを乗り越えたら必ず自分のプラスになることも父は死をもって教えてくれたと感じています。私が日々前向きでいられるのは亡き父のお陰なのです。


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